
弁護士や司法書士等の先生方が作成し税理士のところに回ってくる遺産分割協議書の中には、
のように、「譲渡所得税」を差し引いてから分配するような記載をしてしまっているものがよくあります。
「さて、どうしよう?」と毎度考え込んでしまう訳です。
まず、「譲渡所得税」という言葉は換価分割の際に広く使用されている用語ですが、正確には「譲渡所得税」という名前の税金は存在しません。あくまでも所得税が課税される所得の種類の中に「譲渡所得」という所得が存在しているだけです。所得税が課税される所得の種類の中には、給与所得や事業所得なども存在します。
なぜそんなことをわざわざ説明するかと言うと、「譲渡所得税」という言葉によって、それが、あたかも「譲渡所得税」という税金が独立して存在し、売却が完了して売却益が確定すれば計算が完了し、全員分まとめて申告納税できる、という誤解を生じさせているのではないかと思ったからです。
確かに、不動産を売却した場合の「譲渡所得」は分離課税であり、他の種類の所得とは分離して所得税を計算することになりますが、もし相続人の中で同年度に他の不動産を売却した方がいれば、「譲渡所得」自体も他の相続人とは異なるものになってしまいます。可能性としては低いかもしれませんが、同じ年度に譲渡損が出る不動産を売却し損益通算させて節税しようとすることは充分あり得ます。
「譲渡所得」自体は全員同額であったとしても、他の種類の所得の金額や社会保険料控除、扶養控除、医療費控除などの所得控除の金額、そして源泉徴収額が相続人毎に異なるため、「所得税」の金額は相続人毎に大きく異なります。
納付書(税金の払込用紙)だけ譲渡所得と他の種類の所得とに分けることができるのではないかと考えられるかもしれません。つまり、納付書を分けて、譲渡所得の分は代表者が代理で納税し、不足分(他の種類の所得の分)をそれぞれの相続人が自分で納税するということになります。ですが、税務署にも照合に余計な手間がかかり、確認の電話がかかって来たりして面倒ですし、個人事業を営んでいれば、税理士、農協や青色申告会などに説明し理解してもらうのも大変です。また、電子納税の場合には、確定申告額と同額しか納税できないため、電子納税も選択することができません。
そのため、「所得税」を売却代金から差し引いて精算するには相続人全員それぞれの「所得税」の金額を明らかにしないと、売却代金から「所得税」を差し引くこともできません。
遺産分割協議書上「譲渡所得税」を差し引いてから分配することにしてしまうと、例えば1月に不動産の引き渡しが完了して売却代金が全額代表者に入金されたとしても、翌年の3月までは分配することができません。@確定申告を代表者がまとめて行うとすれば、全員からすべての所得等に関する資料を入手する必要があり、A各相続人がそれぞれ自分で確定申告をするとすれば、代表者に各相続人それぞれの所得税額を通知する必要があります。
さらに、厄介なことに「譲渡所得税」という用語には「住民税」も含まれるようです。住民税は市区町村によって時期が異なりますが、所得のあった年度の翌年の5月〜6月に各相続人に通知が発送されます。したがって、翌年の6月まで分配が完了しないことになり、各相続人から代表者に納付書を渡して代表者が納付するという無駄な手間が生じることになります。
遺産分割協議書上「譲渡所得税」を差し引いてから分配することにしてしまった場合、不動産の引き渡しのタイミングによっては、引き渡しから分配まで1年半もかかってしまうことになり、その間に「代表者が自己破産したらどうなる?」とか「万一のことがあったらどうなる?」などと考えてしまい、不安定な状況が長期間続くことになります。相続税の納税資金を確保するための換価分割の場合には、分配が納税に間に合わないことになります。
基本的には、以下のように単純に「譲渡所得税」という文言を入れなければ、所得税は費用には含まれないことになります。
所得税や住民税は売却のために必要な費用ではないため、あえて所得税について記載しなければ所得税等を控除する必要はなくなります。また、他の売却に必要な費用については、一時的には代表者が立て替えることになるため、それらの費用を売却代金から控除するかどうか解釈が分かれる余地がありますが、所得税等は換価分割であればもともと各相続人に申告納税の義務があるため、代表者が他の相続人の分を確認無しに負担する余地が無く、他の費用のような解釈の違いが生じる余地もありません。
それでももし心配であれば、念押しで下記のように申告納税についての記載を追加すれば良いでしょう。
換価分割で発生する所得税等について、まったく意識の無かった相続人にも、「自分で所得税等の申告納税を行う必要があるんだ」という注意を促す効果もあると思います。
それでも、弁護士や司法書士等の先生にすでに作成してもらった遺産分割協議書の中で、控除する費用の中に「譲渡所得税」を列挙してしまっている場合には、どのように対処すればよいのでしょうか?
売却代金を分配してしまえば、あとの申告納税は各自の責任です。もし申告納税をしない相続人がいれば、その相続人に対して税務調査や督促等が来ることになるだけです。「遺産分割協議書に譲渡所得税を差し引くと書いてあるから代表者から税金を徴収してください。」などという主張は、税務署も市役所も聞きません。
それでも所得税等を控除して分配してあげたい場合は、
「譲渡所得税」を差し引く、と遺産分割協議書に記載するような、弁護士や司法書士等の先生方は、おそらく売却と同時に所得税や住民税が確定し納税できると思ってしまっているので、最終的な分配がいつになるのかということまでは遺産分割協議書等では言及しないことがほとんどのはずです。
結果として、相続人は売却が完了したらすぐに分配がされるものと期待してしまいうことになります。なので、売却代金が代表者に入った時点で所得税等+バッファ分を代表者の手元に残して内金を先に他の相続人に分配しておき、他の相続人の所得税等が確定した段階で代理で納税し、残金を精算することにします。
バッファについては、他の相続人にどのような所得があって、どのくらい源泉徴収があるのかを売却時点で完璧に把握するのは難しいので、多めに確保しておきましょう。
内金を払い過ぎないよう事前に代表者が他の相続人から所得や扶養等に関する情報を収集し、所得税等の概算を計算した上で、それぞれに内金を振込む手間が余計にかかる上に、やはり、所得税については、@確定申告を代表者がまとめて行うとすれば、全員からすべての所得等に関する資料を入手する、A各相続人がそれぞれ自分で確定申告をするとすれば、代表者に各相続人それぞれの所得税額を通知する、という手間も生じてしまい、さらに最終的に清算できるまで長い期間を要します。
弁護士や司法書士等の先生の中には、「遺産分割協議は自分の領域だ」と言って、税理士に相談せずに遺産分割協議書を作成してしまう残念な先生もいらっしゃいます。でも、おそらく分割協議が完了した後の実際の確定申告や分配ことまでフィードバックを受けていない先生も多いと思います。
遺産分割協議書の作成時点で、相続の経験が豊富な税理士に相談し、所得税と住民税の申告納税について説明してもらい、売却代金が入金された時点で他の相続人に分配し、遺産分割を完了できるように設定しておくことが、代表者、他の相続人、弁護士、司法書士、税理士等の専門家も含めて幸せな結果なると思います。
その上で所得税等の申告納税は各相続人の自己責任となりますが、状況によって税理士等にサポートしてもらうのが良いでしょう。
電話 042-525-0588
水曜日は電話代行を利用しております。営業電話は固くお断りします。