税務調査は任意調査なのか?
インターネット上で税理士紹介会社や税理士事務所がこぞって相続税に関する情報を流布している中で、他の役所申請手続きと同じ感覚で代理を立てず自分で相続税申告を行おうと考える方も多く見受けられます。
とりあえず、不動産の相続登記を先に代理を立てずに完了し、相続税申告についても同様にできると思い代理を立てずに行おうとする方も多いと思います。
そして、お父様が亡くなって相続税申告を自分で行い、税務調査に入られた後で、お母様が亡くなったときに相続税申告をご依頼される方が結構いらっしゃいます。
他の役所申請であれば、このようなことにはならないはずです。申請の経験とノウハウが蓄積されて、仕事の都合などの時間的な制約が無ければ、次に生じた同様の手続きも自分で行うことになるでしょう。
1回目の相続で、申告にも調査にも慣れているはずで、そのノウハウを使えば2回目の相続でも自分で申告しようという考えになる様にも思われますが、1回目の相続を自分で申告して散々な目にあったので、今度は税理士に依頼しようと決めたという方の方が多いようです。
また、親戚や友人に税務調査が入って大変だったという体験談を聞いて、自分は税理士に依頼しようと決めたという方も多くいらっしゃいます。
おそらく、一般の納税者の想像する税務調査と実際の税務調査のギャップがそのような辛い体験を生じさせることになるのだと考えられます。
戦後の民主主義教育を受けた人にとっては、刑事事件の取り調べ中に、答えると不利になるような質問をされた場合に「黙秘権」が与えられているという常識があるため、税務調査についても、都合の悪い質問については回答する必要が無いと思い込んでいる方が多くいらっしゃいます。
また、強制的な査察(マルサ)であれば応じるが、任意の税務調査には応じないと宣言される方もいらっしゃいます。
しかし、税務署の任意の税務調査は、国税当局に与えられている「質問検査権」に基づくものであり、相続税に関しては、国税通則法第七十四条の三に規定されています。
(当該職員の相続税等に関する調査等に係る質問検査権)
第七十四条の三 国税庁等の当該職員は、相続税若しくは贈与税に関する調査若しくは相続税若しくは贈与税の徴収又は地価税に関する調査について必要があるときは、次の各号に掲げる調査又は徴収の区分に応じ、当該各号に定める者に質問し、第一号イに掲げる者の財産若しくは第二号イからハまでに掲げる者の土地等(地価税法第二条第一号(定義)に規定する土地等をいう。以下この条において同じ。)若しくは当該財産若しくは当該土地等に関する帳簿書類その他の物件を検査し、又は当該物件の提示若しくは提出を求めることができる。
一 相続税若しくは贈与税に関する調査又は相続税若しくは贈与税の徴収 次に掲げる者
イ 相続税法の規定による相続税又は贈与税の納税義務がある者又は納税義務があると認められる者(以下この号及び次項において「納税義務がある者等」という。)
〜以下省略〜
そして、「質問検査権」に基づく税務調査への拒否に対し罰則が、国税通則法第百二十七条に規定されています。
第百二十七条 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 第二十三条第三項(更正の請求)に規定する更正請求書に偽りの記載をして税務署長に提出した者
二 第七十四条の二、第七十四条の三(第二項を除く。)、第七十四条の四(第三項を除く。)、第七十四条の五(第一号ニ、第二号ニ、第三号ニ及び第四号ニを除く。)若しくは第七十四条の六(当該職員の質問検査権)の規定による当該職員の質問に対して答弁せず、若しくは偽りの答弁をし、又はこれらの規定による検査、採取、移動の禁止若しくは封かんの実施を拒み、妨げ、若しくは忌避した者
三 第七十四条の二から第七十四条の六までの規定による物件の提示又は提出の要求に対し、正当な理由がなくこれに応じず、又は偽りの記載若しくは記録をした帳簿書類その他の物件(その写しを含む。)を提示し、若しくは提出した者
つまり、税務職員の質問に対して答弁しない(黙秘した)場合、罰則が科されることになります。そのような意味で、行政法学では税務職員の調査は「任意調査」ではなく、「間接強制調査」に分類されており、罰則によって事実上担保された調査と定義されています。税務署の調査制度について少し勉強している方だと、税務調査には、強制的な査察と任意調査があるということはご存知だったかもしれませんが、なぜ「任意調査」と称されているのか疑問を感じます。確かに、「強制調査」のようにモノを差し押さえるなどの物理的強制は伴いませんが、調査を拒否すると罰則が科されるため、「任意調査」と称するのは語弊があります。「任意調査」という言葉をそのまま真に受けてしまうと、実際の税務調査が入ったときに、「話が違う!」ということになってしまうのです。
行政調査の種類(Wikipediaより)
強制調査
相手方に義務を課し、または相手方の抵抗を排しても行うことができる行政調査を言う。法律の根拠が必要である(侵害留保の原則)。
間接強制調査
罰則によって、事実上担保された調査を言う。罪刑法定主義から法律の根拠を必要とする。
任意調査
相手方の任意の協力のもとに行われる行政調査を言う。法律の根拠は不要である。
さて、「任意調査」で黙秘権が認められていないのは、刑事事件のように罰金刑や懲役刑の求刑を目的とした強制的な取り調べとは異なり、税務職員の調査は建前上あくまでも納税者が提出した申告書の内容が正しいことを納税者自らが証明するという手続きであるためです。
そのため、特に疑念が無い申告についても税務調査が入ることもありますし、税務調査の結果何も指摘事項が無いこともあります。そのような場合でしたら、建前がそのまま当てはまります。
しかし、税務調査が入ると、80%以上で指摘事項があり、指摘事項は結局納税者が間違いを了解し、その後修正申告を行うことにより完結するので、納税者に不利な答弁を要求されることと同様なのではないかと感じます。そうなると、間違いを追及され、しかも、不利な答弁もしなければならない、という二重苦を実際の税務調査で味わわされることになります。そして結果的に過少申告加算税や重加算税などが課されることになるため、刑罰ではないため前科にはなりませんが、罰金刑のようなものです。
一般国民納税者のレベルで「間接強制調査」を受ける機会があるのはおそらく税務調査のみであるため、税務調査のことまではあまりよく考えずに、他の役所申請と同様に相続税申告も済ませることができるという考えが広まってしまうのだと思います。
「間接強制調査」を「任意調査」という優しい言葉に置き換えて、民主的に税務行政が行われていると国民にすり込もうとしているのです。
他の役所申請手続きとは異なり、相続税申告を含めて税務申告には、「任意調査」があり、税務署の「任意調査」は実は「間接強制調査」であるということを認識しましょう。
個人的には、「税務署にこんな強力な権限を与えるなんて民主主義制度に反する!」という声が大きく上がるべきだと思いますが、自分の税理士業務としてはあくまでも納税者の利益を守ることが最優先なので、「こんな調査はおかしい!」などと戦闘姿勢をあらわにするのではなく、当然穏便な姿勢で税務署と交渉することになってしまいます。